匿名のメールが来ることがある。
「ホームページの○○が間違っています」「この説明はおかしい」。そういう内容だ。参考になる指摘もある。正直、ありがたいと思うこともある。気づかなかった誤りを教えてもらえれば、それは素直に直す。
でも中には、重箱の隅をつつくような指摘が続いたり、だんだん誹謗中傷に変わっていきそうな気配のものがある。そういうときは、IPアドレスから発信元を確認してブロックしている。それだけだ。相手にしない。議論しない。存在を消す。
匿名だから言える言葉というのは、確実にある。
リアル店舗でも同じことをしている
ネットだけの話ではない。実店舗でも同じ対策をしている。
非通知の電話はつながらないように設定している。公衆電話からの着信も同様だ。過去に着信があった、あからさまに不快な営業電話の番号も、二度とつながらないようにブロックしている。
「非通知を拒否するなんて失礼では」という意見もあるかもしれない。でも考えてほしい。まともな用件のある方は、番号を通知して電話する。非通知にする理由がある電話の大半は、こちらにとってメリットがない。修理業を16年やってきた経験からそう断言できる。
不快な営業電話も同じだ。一度かかってきた番号は記録して、次からはつながらないように設定する。断る手間も、時間も、精神的なコストも、全部もったいない。最初から接触しない方が合理的だ。
これはパソコンのセキュリティ対策と全く同じ発想だ。怪しいメールは開かない。怪しいリンクはクリックしない。リスクのある接触は最初から断つ。電話もネットも、同じように扱う。
ネットの匿名性について、修理屋が思うこと
インターネットでは誰でも簡単に意見を書き込める。それ自体は悪いことではない。情報が広く行き渡り、声を上げにくい立場の人が発言できる場にもなっている。
でも同時に、「匿名だから何を言っても構わない」という使い方をする人がいる。現実の社会では名前も顔もある中で会話をする。礼儀がある。責任感がある。ところがネットでは、匿名という仮面をかぶることで、現実では口にしないような言葉が簡単に飛び交う。
「じゃあ実名制にすればいい」という話もある。私自身、そう思う部分はある。もちろんストーカー被害やプライバシーの問題もあるが、それは法律や制度の整備で対処すべきことだ。「匿名があるから仕方ない」で済ませるべきではないと感じている。
でも現実は簡単には変わらない。熊本で小さな修理屋を経営している私が声を上げても、大きな仕組みが変わるわけではない。
だから私はこうしている
X(旧Twitter)もFacebookも使わない。このブログにコメント機能もつけていない。読むだけにして、やりとりはしない。それが私の「自衛策」だ。
匿名メールが来たときも、非通知電話が来たときも同じ考え方だ。参考になる指摘は取り入れる。でも不快な接触に発展しそうな気配があれば、即座にブロックする。感情的に反応しない。相手の土俵に乗らない。
「それは冷たいのでは」と思う方もいるかもしれない。でも修理屋として16年やってきて、不要な摩擦に時間とエネルギーを使うことのコストがよくわかった。1時間の時間単価を考えれば、不快な電話を丁重に断る時間すら惜しい。
情報に振り回されない使い方を選ぶ
「ネットは便利」だが「ネットがすべて」ではない。スマートフォンが普及して、24時間ネットに繋がった生活が当たり前になった。でもそれは、24時間見知らぬ人の言葉にさらされ続けるということでもある。
情報の取捨選択・接触する人間の選択・発信する場の選択。これは現代における重要なスキルだと思っている。
修理屋として16年やってきて、パソコンの使い方を教えることはたくさんあった。でも「ネットとの付き合い方」「電話との付き合い方」を教える場面も、実は少なくない。「こういうメッセージが来たらどうすればいいですか」「こういうことを書かれたんですが」という相談が、修理の依頼と一緒に来ることがある。
パソコンの技術だけがこの仕事ではないと、最近よく思う。


